税務の片隅で。

アクセスカウンタ

zoom RSS 畠山鈴香被告に検察が死刑を求刑

<<   作成日時 : 2008/01/25 12:49   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 秋田県藤里町の連続児童殺害事件で、殺人と死体遺棄の罪に問われた畠山鈴香被告(34)の公判が25日、秋田地裁(藤井俊郎裁判長)で開かれた。検察側は論告で、2人の幼い命を奪った結果の重大性や遺族の処罰感情などを指摘したうえで「反省がみられず、矯正不可能。人の心、親の心を持ち合わせておらず、救いようがない」と主張し、死刑を求刑した。これに対し、弁護側が午後の最終弁論で反論して結審、判決は3月19日に言い渡される。

 争点は、被告の長女彩香さん(当時9)への殺意や、2軒隣に住んでいた米山豪憲君(同7)の殺害と遺体遺棄時の責任能力の有無だった。

 検察側は論告で、彩香さんへの殺意を認めたとされる捜査段階の供述について、「臨場感があり具体的で信用できる」と主張。「東京に行って自由な生活がしたい」と考えた被告が確定的な殺意を持って、橋の欄干に乗せた彩香さんの体を押して川に突き落としたと指摘。豪憲君事件についても「計画性を有しており、責任能力は十分」などと述べた。

 一方、畠山被告は、公判で彩香さんへの殺意を一貫して否定。弁護側は最終弁論で、「触れられるのが苦手な『スキンシップ障害』だったため、(橋の欄干に乗った彩香さんを)反射的に振り払った」として過失致死を主張する。豪憲君事件については殺意も認めた上で「彩香さんを過って川に落下させたことで心的ストレスを感じ、正常な判断能力を欠いていた」として、責任能力を否定するとみられる。
(朝日新聞より)


 通常の神経からかけ離れた行為である事は間違いない。


 自分で自分の子を殺しながら、なぜ、他人の子供まで殺さなければならなかったのか・・・。


 不可解さは残るが遺族の心情を考えると死刑の求刑は妥当なのだと思う。


 現在、本当に反省しているかどうかは分からないが、正直に言って何ら情状酌量の余地を感じない。


 彩香ちゃんは何の為に生まれてきたのかとすら思えてくる。


 なぜ、自分の母親に橋から突き落とされなければならなかったのか・・・。


 豪憲君はなぜ・・・。


 こうした類似の事件が日常に報道されるようになり本当にやりきれない思いだ。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
畠山鈴香被告に検察が死刑を求刑 税務の片隅で。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる