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help リーダーに追加 RSS 高音の王様・パバロッティ亡くなる。

<<   作成日時 : 2007/09/06 14:21   >>

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 ロイター通信が6日、マネジャーの話として伝えたところによると、世界的なイタリア人オペラ歌手で「三大テノール」の一人として知られるルチアーノ・パバロッティさんが同日、死去した。71歳だった。

 35年、北イタリアのモデナに生まれた。アマチュアの歌手だった父とともに地元のコーラスで歌い、テノール歌手アッリーゴ・ポーラに師事。61年にレッジョ・エミリアの劇場でデビューした。

 65年にミラノ・スカラ座にデビュー、72年2月にはニューヨークのメトロポリタン劇場で上演されたドニゼッティの歌劇「連隊の娘」で高い音域を何度もこなし、後に「高音の王様」と呼ばれるようになった。80年代からは音楽コンクールを主催し、若手声楽家の育成にも乗り出した。

 活動はオペラの領域をはるかに超えた。イタリアでサッカー・ワールドカップ(W杯)が開かれた90年7月、決勝前夜のローマ・カラカラ浴場でスペイン人のプラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスとともに特設舞台に立ち、世界を代表するオペラハウスのスターによる「三大テノール」公演を実現させた。94年、98年、02年のW杯でも続けた。

 ニューヨークのセントラルパークやロンドンのハイドパークでの大規模な聴衆を集めての野外コンサートも行い、音響設備を使うことや高い入場料でも論議を呼んだ。英国の故ダイアナ妃とも交流が深く、しばしばチャリティーコンサートを催した。公演のキャンセルの多さや途中降板でも物議を醸した。

 70歳になる05年10月での引退を表明し、日本では04年に引退コンサートを行ったが、06年2月のトリノ冬季五輪で開会式に登場。プッチーニのオペラ中の曲「誰も寝てはならぬ」を鮮やかに歌って驚かせた。同年4月、欧州で「さよならツアー」を始めたが、6月には膵臓(すいぞう)がんと診断され、ニューヨークで手術を受けた。
(朝日新聞より)


 ルチアーノ・パバロッティ氏が亡くなった。


 ルチアーノ・パバロッティプラシド・ドミンゴホセ・カレーラス、3大テノールと呼ばれた巨星が落ちた。


 10年くらい前になるだろうか、まだ若かった頃、横浜アリーナまで、3大テノールの競演と言うことで見に行った記憶がある。


 その中でも一際輝いていたのがルチアーノ・パバロッティ氏だった。


 大きな体を揺らしながら歌う様は良い意味で身の毛もよだつ思いだった。


 コンサートの後、本当に感動している自分に気付かされた。


 後にも先に、こんな感情にさせられたのはあの時1度だけだ。


 それ程、素晴らしいコンサートだった。


 それにしても残念な事である。


 ご冥福をお祈りしたい。

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